Wednesday, January 4, 2017

「歪めて見る」 スラヴォイ・ジジェク作 (その2)

Looking Awry (1991) by Slavoy Zizek

 語りの人称の問題、探偵と報酬の関係は面白いけれど、今回読み直してなるほどと思ったのは次の論点だ。ハードボイルドの探偵はいかにして内部から距離を取ることに成功するのか。

 ハードボイルドの探偵は物語の内部に入っていく。しかし最後には彼は事件を解決することに成功する。前のブログをつけていたとき気がついたのは、探偵が物語の内部の人間となんらかの靱帯(負い目とか恋愛感情とか)を持つと、そのまま彼は内部の人間と化して、事件を見通すことができなくなる、つまり探偵でなくなるということだ。ハードボイルドの探偵はいかにして事件を解決するのか。

 このことはアルチュセールが「マルクスのために」で分析した El Nost Milan とも関係してくる。父親のつむぎだすイデオロギー空間から娘のニーナはいかにして抜け出すのか。彼女の例を見れば、内部にも外部へ位置を転ずるなんらかのきっかけが存在しているはずなのだ。それはなにか。アルチュセールは道化師の死、父親の殺人という二つの暴力的出来事がニーナにとってそのようなきっかけだと言っている。そして内部を構成する意識は弁証法的に自分を越える意識を生み出すことはないが、内部の人間は偶発的に外部と衝突することがあると言っている。道化師の死、父親の殺人がどのようにしてニーナを外部へ送り出すきっかけとなったのか、どういう意味で偶発的な外部との接触の機会になったのか、残念ながらアルチュセールはその点についてなにも書いていない。(かえすがえすも原作が読めないのが残念だ。ここが肝腎なところなのに)

 さて、ジジェクが語っていることを私の問題に引きつけて、私の言葉で言い直すとこうなる。ハードボイルドの探偵は内部の物語の核へと突き進む。ハードボイルドの物語の核とは、たいていの場合、フェム・フェタールと言われるものである。探偵は彼女を特定し、かつ彼女が持っている力・魅力を無化してしまう。そして彼女の存在が崩壊したとき、探偵は物語の核心からある種の距離を取ることができるようになるのである。

 (「フェム・フェタールの力・魅力を無化してしまう」と私は書いたけれど、これはジジェクが「カルメン」を例に取ってラカンの「主体化」の概念を説明している部分を、誤解を恐れずにやさしく言い直したものだ。ラカンの「主体」はポストモダニズムが批判した「主体」とはまるでちがうものなので、精神分析に多少とも通じていないと、この部分は読んでいてわけがわからないと思う)

 要するにハードボイルドの探偵は物語の核心へと突き進み、その物語の無効を宣告するのである。無効であることがわかった瞬間に、彼は物語の外にでるのだ。

 ジジェクのこの説明はいろいろなことを考えさせるが、いちばん気になるのは欲望の問題である。フェム・フェタールはジジェクが言うには「男にとっての欲望の対象」であり、「男たちのシンプトム(徴候)」に過ぎない。彼女は魅力的に見えるけれども、その魅力は仮面に他ならず、彼女の「非存在」という空虚を埋めるものでしかない。

 (ジジェクの言い回しをそのまま用いて説明しようとすると難解に聞こえるが、私は「オードリー夫人の秘密」を読んだときに、ここで言われているのと同じことを考えたので、もしも興味がある方がいたなら、是非拙訳を買って解説の部分を読んでいただきたい。そうすれば彼女の「空白性」「非存在性」が多少ははっきりすると思う。オードリー夫人はフェム・フェタールの原型である)

 もしも彼女が「欲望の対象」であるなら、探偵は事件の当事者の欲望空間をなぞるように進んでいくことになる。もしかすると当事者とある意味で一体化することになるのではないか。彼はリビディナルな事件世界の核を突き止め、それがなにものでもないことをあばき、当事者にかわってその無効性を宣言する。

 これはハードボイルドを読み返して一つ一つ確認していかなければならない論点である。しかしそんなに的外れではないような気がする。

 つぎに考えたのはジジェクとアルチュセールの違いだ。ジジェクの考え方だと探偵は欲望の空間と論理をなぞり、その果てにその空間と論理が破綻していることを示すことになる。アルチュセールは内部の人間は単に偶発的に外部の世界と衝突するのだと言う。この相違は理論的なパースペクティブにどのような差をもたらすのだろうか。それとも案外おなじことを言っているのだろうか。たとえば福島の原発事故は「想像的な状況」を破壊したが、あれは内部空間が破綻したと見るべきなのか、それとも外部世界とわれわれが衝突したと考えるべきなのだろうか。わたしが考えている問題とどう連関するのかもわからないが、心の片隅に留めておきたい問題である。(つづく)