Wednesday, April 5, 2017

「ステラ・マーベリーの証言」 トマス・アンスティ・ガスリー(その二)

The Statement of Stella Marbelly, Written by Herself (1896) by Thomas Anstey Guthrie

 「ねじの回転」はヴィクトリア朝時代にはたんなる幽霊譚として読まれていたのだが、批評家が語り手の家庭教師は精神を病んでいる、彼女の言うことに客観性はない、と言い出してから問題視されるようになった。「ステラ・マーベリーの証言」においても語り手は精神を病んでいるように見える。ただ「ねじの回転」の場合はそのことがわかりにくいが、「ステラ・マーベリーの証言」においてはそれはかなりはっきりと示されている。

 本文、つまり手記そのものを紹介しよう。

 語り手は自分の特殊な性格をよく理解しているらしく、自分の幼少の頃から話を説き起こしている。いかに彼女の性格が形成されてきたのか、また、事件が起きる前の、彼女と副主人公との間柄がどのようなものであったのか、それをわかりやすく書いている。彼女は幼くして母を失い、継母によって育てられる。継母は親切な人だったようだが、ステラは扱いにくい子供で、「嫉妬と不機嫌という二匹の悪魔」に取り憑かれることがよくあった。彼女は素直ではない、わがままで、どこか天の邪鬼的な性格を持った女の子だった。

 彼女は寄宿学校に入れられ、そこで本書の副主人公イヴリンと出会う。イヴリンは優しいけれども気が小さくて身体が弱かった。二人は学業の上ではトップを争うライバルだった。もっともステラは「本気を出す気になれば、彼女を越えることはできた」と自慢しているけれども。彼らは学業の上ではライバルだけれども、お互いに相手のことが好きだったようだ。「わたし(ステラ)は思い切り彼女(イヴリン)に冷たくしているときも、彼女のことを愛していた。わたしは本能的に彼女の純粋で気高い心を感じ取ったし、彼女がわたしを慕うのを誇らしく思った。しかし生まれついての自虐的な性格のせいで、彼女のわたしに対する気持ちを小馬鹿にし、それを失いかけたこともあった」

 さてステラは学校を卒業すると家に帰るのだが、父が破産したこともあって自分で自分の生計を立てようと考える。ちょうどそのときイヴリンが若い付添婦を探しているということを聞き、さっそくイヴリンの住んでいるサリーへおもむく。付添婦というのは話し相手や相談役を務める人のことだ。

 学校以来の再会をはたした二人は非常にうれしがる。どちらもちょっとだけ大人になって、まるで恋人同士のように親密になる。しかしこの関係は長くは続かない。以前イヴリンに心を惹かれたことのある、ある男性が彼女を訪ねて来るようになったのだ。ステラはこの男にイヴリンを取られてしまうのではないかと気が気ではなくなる。いや、それどころか、彼女はこの男に恋心を抱くようになるのである。ついに嫉妬は憎しみに転化し、二人はある日大げんかをする。

 その晩のことだ。ステラはイヴリンの伯母に睡眠薬はないかと尋ねられる。イヴリンが興奮して寝られないようだから彼女に薬を与えたいというのである。ステラは自分の睡眠薬のありかをイヴリンの伯母に教える。しかしこの睡眠薬は劇薬で、イヴリンのような身体の弱い人には毒薬になってしまうようなものなのだ。

 ここからがこの小説の面白いところだ。

 翌朝、ステラがイヴリンの部屋を訪ねると、イヴリンは死んでいた。ステラはショックを受け、睡眠薬を与えたことを後悔する。ところがだ……ステラが見ている前でイヴリンは再び甦ったのである! しかもただ甦っただけではない。イヴリンは死んだ後、悪霊に身体を乗っ取られたようなのである!

 しかし、悪魔に身体を乗っ取られているというのはステラの幻想にすぎないのか、それとも真実なのかはわからない。イヴリンがステラに悪魔の顔を見せるのは、彼女と二人きりのときだけであり、他の人といっしょにいるときは、いつもとまったく変わらないからである。異常に気がつくのは語り手のステラのみ。「ねじの回転」の語り手の場合とまったく同じである。

 このあとイヴリンは例の男と結婚し、ステラはハネムーンから戻ってきた彼女と最後の対決をし、陰惨な結末を迎える。ネタバレしたくないので詳しくは書かないが、「ねじの回転」の結末とよく似たところのある終わり方になっている。いやいや、こちらのほうが先に出版されているのだから、「ねじの回転」のほうが「ステラ・マーベリーの証言」に影響を受けていると言うべきだろう。

 この本はつい最近ヴァランコートからリプリントが出た。ヴァランコートは忘れられたホラーやサスペンスやLGBT文学の名作を再刊している出版社だ。「ステラ・マーベリーの証言」はヴァランコートが発掘した名作のひとつとして名を残すに違いない。