Thursday, December 22, 2016

番外 読書と大統領

 日本では読書の秋と言って、秋を以て読書のシーズンとしているが、欧米では夏休み、クリスマス休みが読書のシーズンとなる。本好きの人々は旅行カバンにぎっしり本を詰めこんで旅行にでかけるのである。私はネット版ガーディアン紙の大ファンだが、この頃になると、本を選ぶ参考にと、おすすめ本のリストが掲載される。小説家や批評家といった目利きが選んだリストだからそれなりに信用できる。私はそれを見ながら自分で読む本を選択するのだ。

 アメリカの大統領も休暇中に読書をする。いつごろからやっているのかかわからないが、ホワイトハウスは休暇がはじまる前に、大統領の読書リストを発表している。2016年の夏休みにオバマ大統領が読もうとした本はつぎの五冊だ。

"Barbarian Days: A Surfing Life" by William Finnegan
"The Underground Railroad" by Colson Whitehead
"H Is for Hawk" by Helen Macdonald
"The Girl on the Train" by Paula Hawkins
"Seveneves" by Neal Stephenson

SFあり、ミステリあり、ノンフィクションありでなかなか楽しめそうだ。とくにホワイトヘッドの新作が含ま

れているところがいい。この本は私も夢中になって読んだ。大統領はどんな感想をいだいたのだろうか。
 ひるがえって日本の首相が夏休み中になにをしていたかというと……新聞を読む限りゴルフ三昧である。ここに彼我の指導者の、教養の差があらわれている。

 しかしホワイトハウスははたして来年も大統領の読書リストを発表するだろうか。なにしろトランプという男は本を通読したことがないという話だから。

 昔(九十年代の中ごろだろうか)、プロレスラーのボブ・バックグラウンドが冗談に大統領選出馬演説をテレビでやったことがある。そこで彼は、おれが大統領になったら国民の教養の程度をあげるために、学生の夏休みは廃止する、小学校から古典を読ませる、とぶちあげて、私は大笑いして聞いていた。しかしあの頃常識だった教養や読書の大切さは、今ではもう通用しないようだ。世界じゅうのあちこちで教養のない政治家が民衆の支持を博し、図書館は閉鎖され、人文科学は力を失っている。それも当然かも知れない。ピュー・リサーチによると全米の大人の26%は今年、一冊の本も読んでいない、読もうともしていないという調査結果を出している。日本でも読書の習慣はすたれているし、漢字の読み書きすらあやしい人々が中年以上の人々のあいだにも大勢いる。中国や韓国は日本よりはましだが、それでも読書する人の数は減少している。

 このことは啓蒙の伝統を受け継ぎ、正義と公平を訴え、公立大学の授業料無償化のように教育の大切さを訴えたバーニー・サンダースが大統領候補から蹴落とされてしまったことにもあらわれている。クリントンとトランプは見た目ほど差がないと私は思う。どちらも資本主義のエンジンをふかすことにしか興味がないのである。クリントンはグローバル企業と強く結びついているし、トランプだって資本家だ。「クリントン・トランプ」vs「バーニー・サンダース」、これが本当の対立図式だったのだが、それを民主党自身がつぶしてしまった。リベラルの絶望的な状況がここにあらわれている。トランプが大統領になったことよりも、バーニー・サンダースが民主党の候補にならなかったことのほうが私には衝撃だった。

 バーニー・サンダースが大統領になっていたなら、ホワイトハウスは夏休み前にどんな読書リストを発表していただろうか。われわれは貴重なリストを失ってしまった。