Saturday, May 20, 2017

「鈴の音」 レオポルド・デイヴィス・ルイス作

The Bells (1871) by Leopold Davis Lewis (1828-1890)

 ヴィクトリア朝時代は心霊現象にずいぶん興味を示した時代でもある。一八三〇年代頃から催眠術(メスメリズム)やポルターガイスト現象、降霊会といったものがはやりだし、一般の人のみならず、コナン・ドイルやチャールズ・ディケンズのような著名人、さらには科学者も関心を示した。十九世紀も後半に入ると、心霊的なものを体系化する動きが出てくる。たとえばブラヴァツキー夫人が「あかされたイシス」をあらわして、神智学教会を創設したり、彼女の影響を受けたアニー・ベサントなどが活躍しはじめる。心霊的なものへの興味は、二十世紀に入っても二三十年は続く。だからヴィクトリア朝時代にはずいぶんたくさんの幽霊物語が書かれたし、オカルト現象や催眠術をあつかった作品が書かれている。この前ここで紹介した「トリルビー」などもその一例だ。「鈴の音」では催眠術が登場する。

 アルザスの小さな町にマシアスという市長がいた。劇は市長の娘の結婚式という、おめでたい場面からはじまる。ちょうど冬で外は嵐。しかし町の人たちは祝婚の酒を飲んで酔っ払っている。彼らのうかれた会話の最中に十五年前のある事件の話がもちあがる。それは旅のユダヤ人が馬車でこの町を通りかかり、マシアスの宿で一杯飲んでいったのだが、ふたたび旅に出発したあとまもなく殺害されたという事件である。この事件は下手人不明で未解決のままだった。

 さてマシアスは娘の結婚式の最中に幻聴に襲われる。殺されたユダヤ人の馬車の鈴の音がどこからともなく聞こえてくるのだ。彼はそのために自分の部屋に閉じこもってしまう。

 もうおわかりと思うが、十五年前にユダヤ人を殺して金を奪ったのは、今は市長になっているマシアスなのである。その頃彼は借金に苦しんでいて、つい出来心を起こしてしまったのだ。しかしそれはずっと彼の良心を苦しめ、娘の結婚式という父親としての彼にとって最良の日に彼を狂気に追いやる。

マシアスを演じるヘンリー・アービング
一人になったマシアスは幻覚の中で裁判にかけられる。彼は目撃者がいないのだから誰も彼を有罪にはできないと言い張るが、そこで裁判官は催眠術者を呼ぶのである。そして彼に罪を告白させる。結局彼は幻の中の裁判で絞首刑に処せられることになる。

 一方、マシアスがいつまでも部屋から出てこないので異常を感じた周囲の人々は、ドアを蹴破って中に入る。すると首のまわりから見えない絞首刑の縄をはずそうとしているマシアスを見出す。彼はそのまま息絶える。

 これはずいぶん有名なメロドラマらしいのだが、正直な話、わたしはあまり感銘を受けなかった。Wikipedia でこの劇を扱った項目があるのでそれを読んでみたが、どうやら市長を演じたヘンリー・アービングの演技が素晴らしく、それでこの芝居は大当たりをとったらしい。しかしアービングの演技力だけで有名になったのではないだろう。作品そのものにも観衆を圧倒するものがあったに違いない。メロドラマの歴史についてもうちょっと資料を読んでからもう一度考え直したい。